夜のいきもの
ごくたまに、ドラルクは日中に起き出してくることがある。なんとなく目が冴えてしまっただとか、夜だと思って起きたら昼だったとか、そういう、人間でも誰にでもある理由で。
まだドラルクが事務所に押しかけて間もない頃、真昼間にふいに棺桶が開いたことがあった。偶然居合わせたロナルドは、つい勢いよく蓋を押し戻してドラルクを殺した。だってそうだろう。南側の窓のカーテンは大きく開かれていて、陽の光が部屋いっぱいに広がっていたのだから。
「死にたいのかよ」
「今殺されたんだけど」
「真昼間だぞ」
間違っても自宅で、それも自分のベッドのすぐそばでほんとうに死なれたら、寝覚めが悪いどころの話ではない。こいつのためじゃない、とロナルドが内心で言い聞かせながら蓋の重しになっていると、そのうち微かに欠伸をする気配があった。
「なぁんだ、まだ昼か」
そんな呟きが蓋越しに聞こえて、それきりドラルクは静かになった。それが最初。
考えてみれば、壊れてしまったドラルクの城は、窓の少ない薄暗い城だった。いつが昼でも構わないような造りなのだから、ふいに起き出してきても、きっと何も問題はなかっただろう。けれどもここは人間の住まいだ。大きな窓があるし、それを覆うカーテンだって薄い安物だ。
……ふらっと死なれても困るから。
それからロナルドは、昼のあいだ住居側の窓のカーテンを閉めておくことにしている。
ある日、ロナルドが街の清掃ボランティアから帰宅すると、明かりのないキッチンに、ふらりと立つ人影があった。部屋にはほのかに甘い香りが漂っていて、思わず時間を確認する。
真昼の11時だ。
「ああ、ロナルドくんお帰り」
「おはようでいいのか?」
「うん、まぁ……早くはあるのかな」
ドラルクはロナルドに気付くと、ひらひらと手を振った。ネグリジェから着替えもせず、額には前髪が落ちている。心なしか声もぽやっとしていて、ロナルドは「ああ、こいつちょっと寝ぼけてんだな」と思った。
カーテンが閉められた室内は、昼でも薄暗い。その中を平気でうろつくドラルクを見るたびに、ロナルドは自分がともに暮らしているのは、暗がりで目が利く夜のいきものなのだと、不思議な感慨とともに実感するのだ。
靴を脱いでから、手探りで明かりをつける。
「うわっまぶし」とドラルクが小さく呟いたが知らん顔をして部屋にあがった。
手も洗わないまま、香りにつられてキッチンカウンターからコンロを覗き込むと、くつくつ音を立てるミルクパンがある。ロナルドの胃は、もうすっかりドラルクに掌握されている。条件反射のように湧きあがった生唾を慌てて飲み込むと、ドラルクが意味ありげに笑ってみせるので、ロナルドはつとめて不機嫌そうな顔をつくった。
「何、夜食?とか珍しいな」
「我ながらそう思う。でもなんかもういいかな……ノリで作り始めたけど、匂いでお腹いっぱいって言うか」
「おいコラ」
「まぁ、なんだ、君らでいう深夜テンションてやつだよ」
これは冷ましてプリンにするよ、とドラルクが言うので、すかさずカラメルをリクエストする。引っ込めた唾液がまた口の中に溢れ出す。もう幾度も腹に収めた、少し固めのレトロで素朴なプリン。夕方、帰ってきたジョンと並んで食べるのが楽しみだ。
「セロリの葉を飾ってやろう」
「殺すわ」
カウンターから伸び上がって殴ると、悲鳴をあげて塵が床に散った。その声色がやけに楽しそうなので、ロナルドはキッチンの中に入って、再生し始めた塵をより分け崩し、混ぜては山にして、思い切り邪魔をしてやった。どうもそれがくすぐったかったらしく、ドラルクは少し再生しては笑い死に、塵を混ぜられて崩れを繰り返す。ちょっと楽しい。
そのうち、やっとのことで塵の山から伸びたほっそりとした指がーーまだマニキュアが施されていないーーかちりとコンロの火を止める。
しゃがんで塵を弄り回していたロナルドは、その音でやっと手を止めた。またたくまに手の中の塵は再生し、見知った吸血鬼の形になった。
ドラルクは笑い疲れながら、ロナルドに鼻先をこつんとあてる。
「君、猟奇趣味に目覚めるなよ」
「目覚めたとしたらお前のせいだわ」
「キスしていい?」
「許可します」
形のいいおとがいを柳のような指先がするりと掬い上げる。鼻先がこすれあって、唇が重なった。薄く冷たい温度が味わうように唇を食む。
ロナルドはドラルクを抱き寄せて、一度強く唇を押し付けてから顔を離した。
「これも深夜テンション?」
「そうかも」
ふふ、とドラルクが牙を見せて笑うので、ロナルドはぎゅうと抱きしめてまた殺した。腕の中に「汗臭い!」と暴れる塵を閉じ込めて、カーテンを、いよいよみんな遮光タイプに変えようかと思案しながら。