りんごの日
時間指定で届いた荷物をほどくと、現れたのは真っ赤なりんごだった。ダンボール箱いっぱいに詰められた果実は大きくみずみずしく、ーー丁寧に一つずつ磨かれたのだろうーーつやりと光る。箱から甘く爽やかな香りがリビングに舞い広がって、ロナルドは思わず深く息を吸った。
隣で感嘆の声をあげたドラルクは、荷物に同封されていた手紙を確かめている。どこか懐かし気に文面をたどる眼差しは優しい。箱の上側面に貼ってある伝票は、海外のものだ。
ロナルドは、そんなドラルクを横目に、箱の中から一つりんごを取り上げた。
「どうしたんだよ、これ」
「ジョンの故郷から送って貰ったんだ。もうすぐバレンタインだからね」
ドラルクはロナルドの手からりんごをするりと奪って、ジョンに持たせてやる。誇らし気にりんごを頭上に掲げるアルマジロは、今日もふくふくとかわいい。ジョンはりんごを抱きながら、このりんごでドラルク様が作って下さるとくべつなアップルパイは、それはそれは美味しいんだよ、と身振り手振りでロナルドに伝えてくれる。こうしてコミュニケーションを取っているうち、近頃はロナルドも断片的にヌー語を理解できるようになってきた。おおよそ言わんとすることがわかると、前よりもさらにこの丸みがかわいく思える。
それにしても、とジョンの顎を指先でくすぐりながら思う。
「なんでりんご?チョコレートじゃねぇの?」
「ファーお菓子業界の戦略に素直に巻かれてる童貞が一匹」
ひとまずドラルクを殺した。
さらさらと塵がソファ下まで溢れ落ちていくのを、りんごを放り出したジョンが追いかけて、受け止めようと走り惑う。
ロナルドはテーブルに転がったりんごを箱に戻しながら唇を尖らせる。
「別に何も言ってねぇよ。この国じゃもう、そういう文化ってことでみんな馴染んでんだよ。バレンタインって言ったらまずチョコレートが出てくんだよ」
「やかましい、私は私の贈り方をするというだけだ」
吸血鬼のかたちを取り戻していく塵はジョンを抱き寄せて鼻を鳴らした。
ロナルドは更に言い募ろうとして、ふとこの主従の「りんご」のエピソードに思い当たった。なるほどさっきのは照れ隠しか、とドラルクの腕の中のジョンを見遣ると、ぱちんとウインクがかえってきた。正解らしい。こういうことも、分かるようになってきた。
ロナルドにとってバレンタインデーとは甘い期待をする日であり、義理に甘んじる日であり、何ごともない現実に開き直る日でもある。クリスマスに対してあたりの強いロナルドも、バレンタインに対して寛容なのは、義理でもなんでも、いつも輪に加われた経験があることが大きい。
つまるところ、ラブストーリーの最初のひとかけらを、今年も他人事のように楽しみにしている。
「なんでもいいんだよ。りんごでも、花でも、チョコレートでも。愛であるなら」
ドラルクはジョンの頭を撫でながら、何でもないように続ける。
「でもそうだな、今年は君がいるんだから、チョコレート系でもいいかもしれない。ジョン、いつものアップルパイじゃないけど、いいかい?」
「ヌー」OKらしい。
「巻かれてていいのかよ」
「べつに、悪いとは言ってないさ」
楽しいことはいいことさ、とマジロと笑い合う吸血鬼はほんとうに調子がいい。
ロナルドは箱の中のりんごに目を落とした。よく見ると、いつも目にするりんごとは、どこか色形が少しずつ違っていて、不思議な気持ちになる。きっと、ドラルクとジョンにとって、愛とはこのかたちを指すのだ。
ロナルドはテレビを見るふりをして、窓に映る部屋を見た。そこには自分がいて、(映らないが)ドラルクがいて、ジョンがいる。ソファの裏には棺桶が、きれいに片づけられているけれど、荷物が増えたクローゼットの隙間が、当たり前になった生活がそこに映り込んでいた。
かくしてバレンタイン当日、夕食には唐揚げが、デザートにはりんごのガトーショコラが振る舞われ、ダイニングテーブルにはガラスコップに一輪の薔薇が生けられた。そして、
「バレンタインにカーテンを贈る男なんて初めて聞いたよ」
「なんでもいいってお前が言ったんだろ!」
「ヌフフ」
遮光カーテンが引かれた窓の中で、賑やかな夜がまた一つ始まる。