お皿を買う話
食卓についたロナルドは、テーブルに並べられた皿の中に、見慣れない青い小鉢を見つけて首をかしげた。それは、ロナルドの手のひらに簡単に収まる底の浅い鉢だった。小鉢全体を花に見立てた模様が施されていて、盛り付けられたきんぴらごぼうが鮮やかに輝く。
事務所を立ち上げた時、食器なんて最低限しか持って来なかったはずだった。キャンペーンで貰った食パンが置けるサイズの平皿何枚かと、適当なお茶碗と、マグカップ。あとは来客用のガラスコップとコーヒーカップが5揃いずつ。
もちろん、今食卓の上でぴかぴか光る小鉢なんて、手に取った記憶がない。
「なんだい、きんぴらごぼう苦手だったか」
料理に箸も付けずに青い小鉢を見つめているロナルドを、キッチンカウンターごしにドラルクが覗きこむ。
「きんぴらはいいけど、お前、勝手に食器増やしてんじゃねーよ」
ロナルドが顔を顰めると、ドラルクは「ああ、それ」と楽しそうに牙を見せた。
「いいだろう。そろそろ料理を大皿に盛るだけというのに飽きてきてね」
「べつに、何に入れても一緒だろ」
「私の作りがいの問題だよ」
思わず拳を固めるが、ドラルクがグラスの牛乳を揺らしながら、悪びれもなく笑って見せるので、ロナルドはなんとか腕を引っ込める。
「私が楽しくて君も美味しいならいいじゃないか」
「洗い物だって増えるだろ」と苛立ちまぎれに呟くと、隣で既に食事にありついていたジョンが、「でも、彩りがあるとおいしいよ」と鳴くので、なんとも言えない気持ちになる。どうにもこのアルマジロには抗い難い。かわいらしいのは勿論だが、主人より柔らかく、神経を逆撫でず、納得できる言葉を選ぶので、つい「ジョンが言うなら」と譲ってしまう。
すっかり調子を良くして「ね〜(ヌ〜)」と首を傾げあって笑う一人と一匹を尻目に、一つため息をついてからロナルドも箸を取る。
今日の献立は、豚の生姜焼きと付け合わせにサラダ、きんぴらごぼうと、きゅうりの浅漬け。
少し躊躇ってから、結局きんぴらごぼうから箸をつけることにした。飾り気のない白い皿ばかりの中で一際目を引く青い小鉢から摘み上げたごぼう一切れは、不思議と鮮やかに魅力的に見える。
へぇ、と思いながらご飯の上に乗せて食べてみる。うまい。ドラルクの料理は、何を作らせてもひととおり美味いのはここ数週間ですっかり胃が理解してしまったが、それにしても、皿一枚で視覚も籠絡されそうだ。
ロナルドが釈然としないまま、しかし夢中できんぴらを咀嚼していると、ぱちりとドラルクと目があった。ジョンを撫でながらずっとロナルドを眺めていたらしい吸血鬼は、悪戯が成功した子どものように、無邪気に目を細めた。
「食事を楽しむために、器は重要な演出だよ、若造」
あ、と思った。
口の中で、しゃり、ときんぴらが音を立てる。
ーーーー数週間前の俺はどんな食事をしていたのだったか。思い出せない。
知らず知らずのうちに、食事は作業だと思い込んでいた自分が、ごぼうと一緒に粉々に噛み砕かれていく。ドラルクのかたちをした何ものかの感情が、味覚をともなって口の中に広がり、胃の中へ落ちていく。身体中にじんわりと染み通っていく。
ロナルドは、水の入ったグラスを手に取って、ぐいと一気にあおった。
「お前が言うと妙に腹立つな」
やっと吐き出した憎まれ口は、思いの外柔らかく響いた。
ところでそのきんぴら、吸血野菜で作ってみたんだが、とドラルクが続けるので、今度はしっかりと殺した。
ふと、汁物が欲しいな、と思った。
※
ある夜の買い出し、ロナルドはスーパーの端に食器コーナーを見つけた。
そこそこ大きい店舗なのだが、いつも弁当コーナーにしか立ち寄っていなかったので、食器まで売っているだなんて思いもしなかった。
ふと、先日のやりとりがドラルクの姿ごと頭に浮かぶ。口の中に香ばしいきんぴらの味まで思い出されたが、「でもあれ、吸血鬼化した野菜なんだよな」という事実がいっさいの記憶を台無しにする。美味かったのも確かなのだけど。
ロナルドは少し考えてから、コーナーを見てみることにした。
棚に積まれた皿を順に眺めていくと、一体何に使うのかと思うくらい小さな皿や、逆に大きな皿がある。陶器であったり、木製であったり、材質も様々で、いまいち用いるシーンが分からない食器を眺めていき、ロナルドはようやく目当てのものを見つけた。
味噌汁碗だ。
外側が黒く、内側が赤い、漆塗りを模したお椀は存外軽く、値段も手頃でちょうどいい。
手に取った椀を見つめて、ロナルドは想像する。
もし、これが自宅の食器棚にあれば、ドラルクは味噌汁を作るだろうか。あるいは豚汁だろうか。長い横文字の名前のスープかもしれない。ただ、あの調子のいい吸血鬼が作るものは、なんでも美味いのは確からしい。
じわ、と口内に湧いた唾液を飲み込んで顔を上げた時、ロナルドは通路を挟んだ向かいからドラルクが歩いてくるのを見つけた。
「あ、いた。カゴ持ったままどこをほっつき歩いてんだ迷子ルドくん」
「だれが迷子だ」
言いながらカゴを差し出すと、パン粉と何かの魚の切り身パックが入れられた。今夜のメインだろうか。考えながら、ロナルドも、手に持っていた椀二つを入れる。
ドラルクはそれを見とめて、ぱちぱちと瞬きをした。カゴの中とロナルドを見比べる。
「何これ、味噌汁椀?買うのか?君が?」
「汁物が食いたいなって。……あと、お前も自分のマグカップか何か、一つ選べば」
「なんで」
努めてつっけんどんに、「食事の演出なんだろ」、と付け加えると、流石に思い至ったようで、ドラルクは感心したように「ほー」と息をついた。
「君、案外気を遣えるんだな」
「案外は余計だ」
毎日牛乳を飲むのに、来客用のグラスを使われるのは困るから、と内心でロナルドは言い聞かせる。食の楽しみを言うなら、お前もそうだろう。
ロナルドから綻び出た照れを目ざとく見つけたか、ドラルクはぱっと笑った。
「じゃあめいっぱい甘えようか。ジョン、どれがいい?」
ドラルクはジョンと一緒に、棚の前をうろうろし始める。ロナルドは、楽しげにマグカップを選ぶ吸血鬼の姿を見遣りながら、もう一種類くらい皿が増えてもいいかもしれない、と思った。